2013年1月20日日曜日

「終(つい)の住処(すみか)はどこに 老人漂流社会」

 2013年1月20日に,NHKスペシャル「終(つい)の住処(すみか)はどこに 老人漂流社会」が放映されました。この番組をご覧になって将来の不安を感じられた方もたくさんいらっしゃるのではないかと思います。
 番組では,家族の介護を受けられない高齢者の住処が取り上げられ,特別養護老人ホームのベッド数が足らないことが,その1つの問題として指摘されていました。しかし,私には,この番組がさらなる「特別養護老人ホーム」の増設や,介護関連施設への補助金の拡充の根拠とされることが懸念されます。

 ここでは番組では指摘されなかった問題を簡単にご紹介します。
 特別養護老人ホームは,介護保険制度の創設と合わせて,その社会的役割が大きく歪められてきました。
 厚労省の指導にもとづいて,特別養護老人ホームは,ユニット・ケアや個室が優先的に整備されてきました。その結果,利用費は今では平均でも月額約17万円前後になっています。特別養護老人ホームを利用する多くの方は,厚生年金をほぼ全額支払うことで初めて入所できる費用になっているわけです。
 しかしながら,かつて,措置制度の時代には,特別養護老人ホームの利用制度,利用料金の設定は,まったく異なっていました。
 自己負担は所得に応じた費用徴収です。たとえば国民年金の受給者の場合も,厚生年金受給者の場合も,日常の身の回りのものを購入できる程度(3万円から5万円)が残るように,自己負担額が設定されていました。
 基本的に特別養護老人ホームでの入所費用は,どのような要介護状態でも施設の規模に応じて設定された1人当たりの「措置費」が定められており,措置費用から「自己負担分」を差し引いた費用が,国と都道府県,市町村によって分担されていました。
 こうした「措置制度」の適用施設は,現在では「養護老人ホーム」だけであり,特別養護老人ホームは,ご存知のように2000年から「介護保険制度」の対象施設(介護老人福祉施設)となっています。
 
 上にも書きましたように,特別養護老人ホームを運営する社会福祉法人は,「厚労省の指導」にしたがって「ユニットケア型」「個室化」の設備投資を行ってきました。ただし,個室にすることで費用が大きく増加するとは一概には言えませんが,特別養護老人ホームの新たな建設への補助制度の変更,つまり,国の補助が建設規模にたいして定額制となり,将来的に建設費への補助が削減される不安の高まりもあって,施設を運営する社会福祉法人は,利用料をできる限り高く設定するようになりました。高い利用料による内部留保(将来の施設建設への蓄え)が積み上げられています。逆に,特別養護老人ホームで働くケアワーカーの給与は,措置制度の時代よりもはるかに低くなりました。
 
 措置制度の時代は,特別養護老人ホームは,身寄りのない,重度の要介護者の「終の棲家」として,老人福祉法によって運営されていましたし,多くの施設では,そこで働く職員の給与は「地方公務員の俸給表」にしたがったものでした。
 ここでは,結論だけを申し上げますが,高齢者介護の舞台に「市場的競争」を取り入れるという考え方が,「厚労省の管理の下で」行われてきたために,介護保険財政の費用爆発と,同時に,いわゆる「介護難民」を生み出す格好になってしまったと思います。

 福祉の領域を「聖域化」することには別の問題を抱え込むことになりますが,介護保険制度の導入とともに,その利用料は高まり,国民年金しか所得のない人のためのベッド(4人部屋)も減少してきた,いや,政策的に減らされてきたと言うべきでしょう。
 
 番組ではこうした介護保険の制度設計の問題,その後の社会福祉法人の「経営体質」が,NHKのいう「老人漂流」につながっていることまでは紹介されていませんでした。

 私は,特別養護老人ホームについては,かつての「措置制度」の方式に戻すべきだと思います。要介護別の介護給付費の設定,個室やユニットケアという中途半端なアメニティの差別化で,大きな「差額ベッド代」を請求することは不当だと思います。
 複数の部屋とバスルーム,キッチンもあり,十分な広さの居室を希望する人は,有料老人ホームを選択すればよいのです。そこでは民間市場における多様な介護サービスも展開できるからです。特別養護老人ホームは,あくまで国民の税金で建てられてきた施設ですから,国民年金の受給者が利用できるレベルの内容とサービスで整えるべきだと思います。
 このブログのなかでは2011年春に書いたドイツの介護施設についてご覧ください。
 

ドイツの特別養護老人ホーム(ディアコニー福祉財団)


 
 

 

2013年1月5日土曜日

資本制産業社会の構造と病理

民間の市場経済と政府部門,そして,投機資本市場の3つのステージをここに描いてみました。
 2008年のリーマンショック以降,多くの論者が「金融投機市場」の暴走が,実物経済に致命的なダメージを与えたことを明らかにしてきました。このグローバル化した金融資本の投機を制御することは可能でしょうか。むしろ,投機資本による「搾取」と「収奪」はさらに強力になって,「強奪行為」がのさばるようにも思えます。
 その原因の1つとして,私たち自身が,知らず知らずのうちに,大切な年金基金,生命保険から預貯金に至るまで膨大な資金を差し出しています。投機資本の市場は,これらを吸い込んで,まるで雷雲のように成長しています。
 これに比べると,市場経済,大多数の人びとが働く「産業社会」は下方に広がっています。
 そして,もっとも底辺で全体を支えているのは,この図では描かれていない,「家庭,地域社会のコミュニティ」なのです。
 こうした3層,4層の経済社会の構造のなかで,どの舞台が重要なのか,どのような経済社会の秩序を作り出すことが必要なのかを考えなければなりません。はたして,従来のケインズ主義的な総需要管理政策と金融緩和政策で,投機資本の雷雲のご機嫌をうかがいながら,産業社会を引っ張り上げることができるのでしょうか。

 何が大切な秩序原理であるかを,じっくりと考える2013年にしたいものです。