2013年7月31日水曜日

兵庫県香美町(小代区)のまちづくり調査

 2013728日に,兵庫県香美町にゼミ学生4名を同伴して訪問調査を実施した。今回の調査旅行には,(1)農産物の加工・販売を通じた農業の「6次産業化」による地域振興への効果を研究する院生と,(2)地域の若年者の雇用創出につながる事業振興について研究する院生も同伴している。

 訪問調査の前に,香美町の人口動態と産業統計から,ここ数年の変化を把握してみた。まず,香美町の人口は,平成22年現在,19,696人であり,過去10年余りにわたって毎年200300人以上の人口減少が続いている。世帯数も毎年150180世帯の減少が見られ,平成22年現在で6,449世帯となっている。人口動態の内容を見ても,「自然的動態(出生と死亡)」「社会的動態(転入・転出)」ともに平成12年以降マイナスが続いている。
 兵庫県下にある多自然地域の中でも,香美町では,人口減少と高齢化(65歳以上人口:31.9%)が急速に進み,平成12年頃からさらに加速度的に人口減少が進んでいる。これには産業構造の変化が大きく影響していることから,今回の訪問調査では,次の3つの視点を踏まえてヒアリングを行う方針を立てた。

1.第1次,第2次産業の急速な衰退
 香美町の産業別就業者数の推移を見ると,この20年余りの間に第1次産業の就業者数は,2,853人から1,108人へ半数以下となった。なかでも農業の就業者数は半数以下に減少している。(平成2年:2,853人⇒平成22年:1,108人),漁業も約半数(641人⇒315人)。林業は平成22年時点で53名と,過去10年に変化がない。
より重要な変化は,第2次産業,わけても「製造業」の衰退である。平成2年の3,398人から平成22年には1,828人へと1,570人も減少している。
 
2.第3次産業:観光事業の頭打ち
 海と山の豊かな自然に恵まれた香美町には,年間の観光者数が130万人にのぼる。しかし,これまで安定していた観光事業もここ数年は頭打ちの状況にある。第3次産業の町内総生産は,平成14年に494億円から,平成21年には469億円と徐々に低下してきている。

3.但馬牛の繁殖雌牛
「但馬牛は肉質に関する優れた遺伝能力を持ち,『神戸ビーフ』『松阪牛』『近江牛』等全国のブランド牛肉の肥育素牛の主要部分を占める」[1]
 香美町では,繁殖雌牛の飼育事業が多いが,肉牛としての肥育も行われている。農家戸数は減少傾向であるが,飼育頭数はここ数年で1,200頭を超えて増加傾向にある。

「道の駅」
 728日(日)午前7時に多可町八千代区を出発。920分,「道の駅:ハチ北」に到着,農産物の直売ならび土産物を見ながら,店の方に地域の農業についてお尋ねした。
 農作物の直売には,この時間帯にいろいろな夏野菜が持ち込まれてきた。日曜日ともあって,トマト,なすび,キュウリからキャベツ,ジャガイモなど,新鮮で形の良いものが非常に安い価格で並べられている。
 お土産物として地域の特産物を探してみると,とちのみを使った饅頭やお菓子の類などの品数は豊富である。ただし,お菓子の多くは,材料を四国や姫路など関西圏の食品加工業者に委託して加工しているものが少なくない。
 地元で製造された商品として目を引いたのは,美方製麺所のそば,常盤商事株式会社の醤油とお酢などの発酵食品,「へしこ」,香美町村岡区の「野いちごグループ」による「矢田川みそ」である。
 「村岡ファームガーデン」(道の駅)にも立ち寄った。但馬牛の精肉店とレストラン,土産物を視察させて頂いた。が,残念ながら,但馬牛そのものが世界最高級の牛肉であるとしても,牛肉饅頭,但馬牛の時雨煮,カレーやラーメンなどの価格帯は高すぎるとの印象を受ける。レストランのメニューも残念ながら食欲を誘うようなものではなく,ただ「やはり但馬牛は高価なのだ」という印象である。また,さまざまな加工食品には,販売者として「株式会社むらおか振興公社」の表示があるが,地元で加工されたものかどうかは判らなかった。



 われわれは,午前940分頃に香美町小代区にある温泉「オジロン」に到着した。
 旧美方町の上田節郎町長,漁協の井口護氏,博士後期課程の吉田さんのお母様,そして,料理旅館からスッポン・チョウザメの養殖まで手掛ける邊見八郎氏に,香美町小代区のまちづくりについてお話を聞くことができた。
 
上田畜産の牛舎を見学


「日本の棚田100選」にふさわしい景色

滝見亭で山菜・川魚料理を御馳走になりました。
アマゴの刺身,アユの塩焼きは最高。



邊見さんのチョウザメ


「小代区の地場産業」
 豊岡市を中心として,この地域は「鞄」の製造業が盛んな地域である。香美町小代区(旧美方町)にも,かつてはカバンの縫製業の下請け工場がたくさんあった。が,この20年余りの間に衰退したのは,この縫製業であるという。土木建築業もバブルの崩壊後に大幅に事業が縮小し,これらに代わる製造業が育っていないために,香美町の第2次産業の雇用が著しく減少したわけである。
 1981年から三井金属工業が「真珠岩パーライト(鉱物)」の本格的な採掘を始めている。このパーライトの採掘と運搬にかかわる雇用が生まれている。素人の発想であるが,真珠岩パーライトは建築用材料から洗剤まで多様な用途に加工利用が可能であり,そうした加工製品を製造する事業を立ち上げることも可能ではないかと思われる。しかし,現時点ではそうした構想はないという。

「スッポンとチョウザメ」
 邊見八郎氏は,小代区でスッポンの養殖と,チョウザメの養殖も事業化に取り組んでいる,実にバイタリティあふれる実業家である。スッポンは30数年の実績を重ねて,すでに香美町小代区のベンチャービジネスの成功事例である。邊見氏は,チョウザメからフレッシュ・キャビアを採取し,さらにチョウザメの醤油を開発するなど,常に新たな事業化に挑戦されている。
 チョウザメは「淡水」でも養殖ができる,摩訶不思議な「古代魚」である。その卵は塩漬けにされて,世界の珍味「キャビア」となる。
 今回の調査訪問で,私は初めてチョウザメの養殖をみることができた。現在,邊見氏の養殖場では,約500匹のチョウザメが養殖されている。ただし,チョウザメの養殖期間は10年以上におよぶため,これを雇用拡大につながるような事業にするには,現在の規模の数倍から十数倍の設備が必要である。
 というのは,養殖事業の人員についても,現在の規模では,邊見社長と手馴れた人が23人いるだけで,スッポンとチョウザメの両方の世話をみることができている。今後,養殖事業を「地域の雇用創出」に結びつけるには,今の規模の数倍,少なくとも数千匹のスッポンを養殖する設備と,スッポン関連商品の開発,加工施設の整備まで,一連の事業化が必要である。いずれも一朝一夕に実現できるものではない。
 ただし,邊見氏の目下の事業は,料理旅館「大平山荘」の経営の一環として取り組まれている。但馬牛のしゃぶしゃぶに加えて,スッポン,チョウザメの料理は,料理旅館としての魅力をアピールするために十分な効果を発揮しているわけである。

これからの課題
 今回の調査を通じて,香美町が直面している人口減少問題は,第2次産業の衰退による影響が大きく,工業,加工・製造業の衰退がダイレクトに人口減少につながっていることが分かった。観光業を中心とする第3次産業も一定の所得効果をもつが,香美町小代区は山間部に位置していて,今は,スキー場と温泉施設があるだけである。
 ただし,われわれはまだ具体的なまちづくりの施策や今後の可能性を検討するだけの調査を実施できてない。小代区で年間を通じて集客力を高める観光事業を開発すること,チョウザメやスッポンに関連する加工業を育てることなど,まだ検討すべき課題がある。何よりも香美町小代区の自然の豊かさは見事なものである。棚田は「日本の棚田100選」に選ばれる素晴らしい景観を作りだしている。山と川の魅力を活かす事業ができるのではないか。農業の6次産業化,林業の活性化,また,増えつつある「空き家」を滞在施設として活用するなど,政策的に取り組むべき課題もある。次回には,これからの課題を検討するための調査を実施する予定である。



[1] 木伏雅彦(2009):「但馬牛増頭を目指した、繁殖経営指導について」『び~ふキャトル: 国産肉用牛生産の情報誌15号』,全国肉用牛振興基金協会編,p.610。平成1910月には地域団体商標として「神戸ビーフ」「神戸肉」「神戸牛」「但馬牛」「但馬ビーフ」が登録される。